先日、娘の運動会があった。
転園してから初めての運動会。
正直、親の私たちも少し緊張していた。
でも実際に行ってみると、思っていた以上にゆるくて、あたたかい雰囲気だった。
子どもたちは競技の合間に友達と遊んだり、お菓子を交換したり、保護者同士も和やかに話している。
「運動会」というより、“みんなで楽しむ一日”みたいな空気感。
娘もすごく楽しそうで、
「ああ、この園に転園してよかったなあ」
なんて思っていた。
そんな夜。
母から連絡が来た。
「運動会でシール交換してたけど、あれはないでしょ?」
「普通、運動会って他の子を応援するものでしょ?」
「校外保育って先生も言ってたし、なんで親として何も言わなかったの?」
母は元小学校教師だ。
だから母なりの“正しさ”があるのもわかる。
実際、言っていることに一理あるとも思う。
でも、なんだろう。
34歳になってまで、
娘の運動会のワンシーンについて、
夜な夜な説明をし続けることになるとは思わなかった。
しかも、私が苦しかったのは、
「運動会のマナー」そのものじゃない。
娘が友達と笑い合っていた時間より先に、
“正しさ”が飛んでくることだった。
私はずっと「いい子」だった。
親の言うことを聞く子。
先生に怒られない子。
周りに迷惑を掛けない子。
ちゃんとしていることが大事だった。
でも社会に出ると、
今度は逆のことを言われる。
「お前はどうしたいの?」
「もっと自分で考えろ」
「指示待ちは使えない」
何度言われたかわからない。
でも、そんなこと考えたこともなかった。
だって、
“自分がどうしたいか”
より先に、
“正しいかどうか”
をずっと見てきたから。
だから今、
娘には少し違う景色を見せたいと思っている。
もちろん、人に迷惑を掛けないことや、
ルールを知ることは大事。
でもそれ以上に、
友達と笑い合えること。
その場を楽しめること。
安心して自分を出せること。
そんな感覚を大事にしてほしい。
たぶん私は、
「正しさ」から逃げたいわけじゃない。
ただ、
正しさの先にあるものを、
もっと大切にしたいんだと思う。
最近、移住したい気持ちがどんどん強くなっている。
自然が多いとか、
田舎暮らしがしたいとか、
それだけじゃない。
“ちゃんとしているか”
よりも、
“その人らしく生きられているか”
を大事にできる場所へ行きたい。
そんな気持ちが、
少しずつ強くなっている。

